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☆ 冷たい風、寒くはない

「ここは……館から出てしまうんじゃないんですか? 良いの?」
「詞露、まだそんなこと気にするの? ここはまだ館の一部よ。まあ、出てしまうとも言えるけど」
 お嬢様たちに連れられて、階段を登る。初めての扉。
 屋上? その言葉は知っているけど。

「いきなり屋上ですか? 窓でも開けてあげれば良いのに」
 遙愛は来たことがあるのだろうか。
「良い天気よ。私たちが詞露と一緒に行きたいのよ。詞露のためばかりじゃないわ」

「さあ、詞露、ここがあなたが居る場所よ」
 扉の先は明るい。目が慣れない。何があるのだろう。

 空。これが、空なのか。
 遠く輝く青。太陽が眩しい。
 本当に眩しいんだ、これが太陽……

 屋上は広い。これまで入ったことのある、一番広い部屋より広い。
 でも狭いことが解る。
 壁が無い、その先が見える。

 そこは本当に広かった。
 空と海。

 この館は小さな島の丘の上に建っている。それは聞いていた。観たことは無かったけど。

「広い……広いね」
 手を伸ばしてみる。何にも触れない。
 いや、風がある。光も感じる。
 でも、ぶつからない。広い。

 ふと心細くなる。何も捕まえられない。捕まえてくれない。
 こんな広い世界で、離れてしまったら……

「どうしたの? 詞露?」
 遙愛が僕の前に来る。手を伸ばせば届くだろう。
「何でもない。ありがとう、遙愛」
「何でもないのに、ありがとうなの? ふふっ……」
 遙愛は解っている。僕の感謝の理由が。
 僕は言わない。遙愛に言う必要は無いし、ちょっと恥ずかしい。

 僕はゆっくりと腕を伸ばし、大きく挙げる。
 大きく歩いてみる。
 こんなに自由に動けるなんて。なんて、広いんだろう。

 だんだん動きが速くなる。身体がちょっともどかしい。もっと動きたいのに、ついてこない感じ。

 僕のスカートが揺れる。いつものメイド服だ。
 脱いでしまいたい気もするけど……止めておこう。
 みんな我慢してくれてる。

「ふぅーっ……」
 疲れた。座り込み、寝転ぶ。

「詞露、休むなら戻りなさい。風が少し強いわ」
 紅華様が傍にしゃがみこむ。スカートの中が見える。

 確かに、風は少し冷たいかもしれない。
「冷たいのも気持ち良いけど……」
「そうかもね。これまで、ずっと包まれてたものね。暑かった?」
「ううん、暖かかった。うん、戻ろう。また来ても良いんですよね?」
「もちろんよ」

 遙愛に、紅華様に入れたい。でも、寒いかもしれないから。戻ろう。

 立ち上がって、遠くの水平線を観た。
 あの向こうに何かあるらしい。
 地図を観たことはある。

「遠い、のかな?」
「水平線までは約十五キロメートル。ここは高いから、そのくらいらしいわ。遠いと言う距離でもないみたい。でも、広いわよね。特に、詞露には」
 遙愛のその知識は、いつか僕に教えてくれるためだったのだろうか?

「詞露に見せるのが怖かったわ。ごめんね」
 緋映様がこっちを見ない。怒ってくれる時はまっすぐ見るのだけど。
「ありがとう、緋映。大丈夫、僕はキミの恋人だよ」
 緋映様の手を取る。抱き寄せてキスする。
 怒ったような表情を溶かす。

「緋映姉様だけじゃないですから」
「詞露、一緒に連れてってね。行くのでしょう? あの向こうへ」
 美赤様と紅華様もくっついてきた。

「はい、お嬢様、詞露、その先はお部屋に戻ってからね」
 遙愛に押されて扉の中に戻る。
 我慢できなくなる前に戻れた。
 心の中で、ありがとうと言った。遙愛が笑う。

 最後に振り返って、少し切り取られた空を観た。